文章に付き合うこと
南陽堂書店に寄ったら、床に置いたダンボール箱に、山本夏彦の単行本が詰まっていた。
誰かがまとめて処分していったのね。
「ダメの人」の中に「米川正夫論」があった。(短いけど)
これ、読んでみたかったのだ。
ドストエフスキーの米川訳は、どうも好きになれなかった。
翻訳としてどうなのかという議論は、よくわからない(わかるはずがない)けれど、自分にとって、長い時間付き合って気持のよい文章でないことは、確かだ。
翻訳であれ、何であれ、文章を「読む」のは、すぐれて感覚的な行為だと思う。
だから、それが長編小説だとなおさらツライものがある。

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