いまさらどうにも
「八百長」の語源は、八百屋の長兵衛が、相撲の年寄と碁をうつときに手加減をしたところからきています。
相撲と八百長は、切っても切れない関係にあります。
いまさら、それをどうしようというのでしょう?
もちろん、取組のなかには、真剣勝負(ガチンコ)もあるでしょうが、多くは、星のやりとりで成立していると推測できます。
八百長は、相撲という世界を形成する強固なシステムであるといえます。
もし、徹底的に追及されたなら、相撲という世界は、崩壊します。
だから、八百長でもよいと言っているわけではありません。
ガチンコ勝負のほうがおもしろいに決まっていますが(打合せ通りの芸術的な取組を観る妙も、捨てがたいところですが)八百長も含んだうえで、相撲という興行が存在するのだと思います。
ところで、暴力団が関わっているかもしれない賭博の問題は、また別です。
ただ、ふしぎに思うのは、八百長で勝ち負けが決まるのに、賭として成立するのでしょうか?
事前の情報を知る者が勝ちますし、星の取引を予測できる者が有利です。

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