アジア的演出のなかで
「白い巨塔」(テレビドラマ2003年版)をまた見ました。
で、第一内科助教授里見(江口洋介)にまたイラつきました。
彼は、第一外科助教授財前五郎(唐沢寿明)の対極にいる、ステロタイプの存在で、医師の良心を体現する役割です。
彼のなかにある葛藤や逡巡は、折に触れて描かれはするのですが、どうも付け足しにすぎず、結局、決められた役割をなぞるだけという感じです。
もうひとり、良心を体現するのが、前教授東の娘、佐枝子(矢田亜希子)です。
教授選がテーマの第1部では、東家のなかで存在意義もあり、なにより花を添える感じでよかったのですが、医療裁判の第2部では、チョロチョロしすぎて目障りになりました。
いっそ里見と不倫するとか、一風変わった弁護士関口とデキちゃうとか、お嬢様転落のサイドストーリーでもあるならともかく、本筋に関係のないキャラクターを最後まで引っ張るのはムリがありました。
一方、財前五郎は、言わずと知れたキャラクターで、野心家で自信たっぷりの人間ですが、実は、複雑な人格を有しています。
テレビドラマの宿命というべき、大仰な演出により、彼を取り巻く人間模様が、コミカルに戯画化されているなかで、彼(唐沢寿明)だけは、ふしぎと道化に陥らず、悲劇的な存在を見事に演じています。
医療裁判の原告側である佐々木母子も、イライラさせられるキャラクターで、ここらの演出を抑制すれば、多少マシになったかもしれませんが、病院に対し、不信感をつのらせるプロセスが、ぴったり共感できるものではないのと、死に至る患者佐々木庸平が、不快なキャラクター(愛すべきキャラクターを作りそこねています)になっているのが、同情を誘わない要因でしょう。
ところで、病理学の教授大河内も、良心側の役割ですが、これも、不快なキャラクターに仕上がっているのはどうしたことでしょう?
医局員柳原も、医師よりも人間として、いかにあるべきかみたいな、悩める青年を演じますが、良心の呵責に耐えられず、というより、ただ単に性格の弱さばかりが目立って、不快に感じられます。
これらは、ふしぎなことですが、たぶん、唐沢寿明が、財前五郎の多面的な性格を、重すぎず軽すぎず、ごく自然に演じ分け、見る者を、この魅力的な人物に感情移入させるからでしょう。
全編、単純明快なアジア的演出のなかにあって、これは、かなり稀有なことではないかと、考えすぎかもしれませんが、思いました。

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